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zoom RSS 死ぬということ

<<   作成日時 : 2006/05/26 02:58   >>

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どうして死ぬのが恐いのでしょう。

それは、死ぬのが恐くないと、みんな死んじゃうからです(^^)

楽しむために生まれていきている「今」は、いってみれば、「お祭り」のようなものです。

特に、今、この時代は、「お祭りの中のお祭りです」。

せっかく楽しんでいるのに(本人(自分自身)は楽しんでいると理解できない)、

間違って死んじゃったら、困っちゃうわけです。理由を説明します(^^)



基本的なことを確認しておきます。

 1. 生まれたのは、自分が「生まれたい」と思ったから
 2. これまで生きてきた人生とこれから生きていく人生の「設計」をしたのも自分自身

仕組み的なことを確認しておきます。

 1. この世界はホラー映画のようなもので、「絶対大丈夫と分かっているから、
    苦に満ちた世界をバーチャルに体験する(映画)ことを、楽しんでいる」

 2. 楽しむためには、全能であっては楽しむことはできない。>能力の制限

 3. 楽しむためには、全能であるということを知っていては楽しめない。
    >生まれた時に、すべての記憶を消去
    
    (リメンバー > リ(戻る)、メンバー(全体))全能状態に戻る。ただ、その場合、
     今のこの個としての一ではなく、もともとの全に戻る。個としての一は消滅する
     のではなく。一に全がくっついてくる感覚。統合とは、自分が失われていく感覚
     ではなく。自分がどんどん拡がっていく感覚。)

以上を踏まえた上で…

 1. 死ぬのが楽しいことだとすると…苦を避け、楽を求む性質上、死のうとします。
 2. 死ぬのが恐いことだとすると…死のうとしません。生きようとします。

上の定義を思い出してほしいのですが…

ホラー映画を楽しむために、生きてきているわけです。死んでしまっては楽しめません。しかも記憶は失っているので、「死=避けるべきもの」という感覚を本能的に持っていないと死にたがってしまうわけです。このリアルなホラー映画をほんものと捉えて悲観して…。


というわけで、死を恐がっちゃっていいです。恐がんなくってもいいです。

どうせみんな死にますから。生物の致死率は100%ですから(^_-)-☆

早いか遅いかは、自分自身の「設計図=(青写真)」によります。気にしてもしょうがないです。

もちろん気にするのも自由ですけど(^^)

答えとしては、せっかく遊びにこれてるんだから、死ぬのは勿体無い、ってところでしょうか。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
…そして死ぬ時に 「あ〜、良かった。良い生き方をした。まっすぐに生きた。」っと言って、死んで…また始まるのですね。
キョン
2006/05/26 21:33
その通りですね(^^) お祭りは何度あっても楽しいですもんね♪ 特に壮大なお祭り状態になってるこの星は人気も高いようですから…(^^♪
ユニ
2006/05/27 00:47

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