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zoom RSS 三日目 鏡の中の自分

<<   作成日時 : 2006/12/10 02:17   >>

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三日目は、鏡に囲まれた部屋に自分はいるんだよ…って話です(^_^)

僕らは「音」なんです♪

っていうか、この世界の総ては、「音」でできているんです。僕もあなたも、天候も季節も、物も、宇宙も…。

音=波の形のエネルギーです。

僕らの身体の中にも様々な音があります。

心拍、脳波、気分の波…etc


またすべての物質もその構成要素において、「固有の振動」をしています。

原子とか素粒子とかの動きが、振動になるわけですね。

で、その「くっつきかた」とか「周波数」によって、どういう「モノ」であるか決まるわけです。

石には石の「音」

僕には僕の「音」


特に、さまざまな要素で、できている人間の身体は、さまざまな「音」があります。

部分部分でもそうですし、細胞一つにとってもそうです。

ただ、それらは、全体で一つの「和音」になってもいて、

それぞれの人間には固有の「音」があります。

もっとも、その「音」も気分や感情などさまざまな要因によって変化するので「特定の音」がなりっぱなしになっているわけではありません。


(余談)また、時間というものも、厳密には音で、その余韻というものは、限りなく縮小するだけで「消滅」することはありませんので、過去は、消滅しているのではなく、実はすべて現在において、存在しているということができます。また、逆転の発想で、未来も然りです。


さて、人間が一つの音であるとして…「音叉」にたとえることにします。

音叉の共鳴現象というものをご存知ですか?

音叉を二つならべて、一方の音叉を叩いて鳴らすと、

もう一方の叩いていない音叉も同じ周波数の音を奏でるというものです。

ただ、それには条件があって、二つの音叉の「音程」が同じかそれに近いものでないと、

この現象は起きません。



これが、人間関係や自分をとりまく現象(出来事)にも起こるのです。

学校のクラスを例にあげると…


様々な考え方、趣味、生き方をしてきた、人間がいるのですが、

「自分が見ることができるのは」、「相手の自分の音(音程)と共鳴する部分のみ」

なのです。


これが、鏡の世界のトリックなんです。

Aさんが、Bさんを見て、「Bさんは、大酒のみだけど、いい人だ」と言います。

Cさんが、Bさんを見て、「Bさんは、いい人だけど、大酒のみだ」と言います。

AさんとCさんは、Bさんの「いい人」「大酒のみ」という共通の部分を見ていますが、受け取っている印象は違います。


あるいは…

Aさんは、その物体を見て、「それは四角である」と言います。

Bさんは、その物体を見て、「それは丸である」と言います。

二人とも真実を語っています。

つまり、Aさんは、「円筒形の物体を横から見ていて」、Bさんは「真上から見ている」というだけのことです。

(この例は、あまりいい例ではないんですが…角度が違えば見える世界も違うという好例なので、また出してしまいました)


さきほどの、「いい人」で「大酒のみ」のBさんに戻りますが、

DさんはBさんについてある誤解をしており、そのことによって、Bさんの印象が悪くなっており…Bさんの悪いところ(Cさんにとって悪と認識されるところ)ばかり、目に付いてしまいます。

そんなDさんは、「Bさんは、上っ面はいいけど、何を考えているか分からない人で、酒に溺れやすい自制心のない人だ」と言います。

Dさんが見ているのは、「Dさん自身の心の状態」を「Bさん」という存在を通して見ているわけです。

つまり、Dさんは、「Bさんという鏡に反射した自分(の一部分)」を見ているわけです。



これは、すべてにあてはまり…自分が見ているものは、「〜という鏡に反射した、自分(の一部分)」を見ているわけです。


なので、すべての答えは、もう「最初から出ているわけです」。



僕たちは、人という「鏡」を通して、自分を見ます。

人を「思い通りにしよう」と、

怒ったり、叱ったりしても、「鏡に写っている自分に向かって怒っている」だけで、

相手は変わりません。

怒れば怒るほど、自分の周りが「怒りに満ちたもの(という自分の反射に囲まれる)」になります。


では、どうすればいいのでしょうか?

人は、自分が見たいものを見るのです。

笑顔にあふれた、希望と信頼に満ちた世界を見たければ、

「自分が笑えばいいんです、そして、自分自身が希望にあふれ、すべてのものを信頼すればいい」のです。

それだけのことです。



彼らは、「とても性能がいい鏡」です。

これは、ばかにして言うのでは決してないのですが、彼らの多くは、とても「シンプル」な存在なので、

とても「きれいな鏡」なんです。


彼らは、「シンプル」です。それゆえに、シンプルに、ストレートに、「きれいな部分も汚い部分も
出してくれます。

彼ら=天使、だけというわけではないのです、彼ら=悪魔でもあるわけです。

それは、彼らに限らず、みんなそうなんです。

この地球という世界は、現在「二極性」の世界ですので、

必ず対極のものと対になって「存在」しているのです。

つまり…「陰陽」、「色即是空 空即是色」、「光と闇」の世界です。


どちらか一方を「否定」してしまうと、両方「共倒れ」になってしまうのです。

どちらも「あると認めたうえで」

「自分がなにを選ぶのか」が問題となってくるのです。


話がそれました。



この話は以前にも書いているので、こちら も参照してください。


どうもありがとう♪

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
素直に「なるほど〜〜」ですね。
笑顔笑顔(゚▽゚*)
マンタ
URL
2006/12/11 12:15
分かりにくかったかなぁ? と思っていたのですが…ありがとうございます(^^♪

笑顔・笑顔(^_^)
ユニ
2006/12/11 14:20
以前、嫁さんに薦めた本「鏡の法則」にも同じようなことが書かれていました。私自身も自分の一番苦手で嫌いで辛いことばかりが、目に付き、気になって仕方がありません。まさに自分の中の「弱くて汚い」ものが見事に写し出されているのかもしれません。簡単に口にしてしまう「信頼」がまだまだ本物になっていないのを痛感する今日この頃です。

先週、先々週と空手の昇級審査がありました。試験は無事に受かったものの、代表からは己の「おごり」「甘え」「油断」を厳しく諭され、自分の未熟さを恥じ、同時にこの歳になっても他人が厳しく叱ってくれることのありがたさに感謝し、涙が止まりませんでした。自分の周りには、たくさんの学ぶものや機会が存在していることも実感しています。
茶味夫
2006/12/12 21:58
「鏡の法則」いいですね。僕も読みましたが、僕が言いたいことが、僕よりもずっとずっと分かりやすく書かれていました…orz (笑)

「一番苦手で嫌いで辛いことばかりが、目に付き、気になって」ってなんだろー?? でも…「弱くて汚い」ものがあるからいいんだよね(^^♪ それをわざわざ味わう為に、生まれてきてるってノリもあるもんね。

なにはともあれ、誰のどんな人生も素晴らしい輝きに満ちたものである…ってのが、薄ぼんやりと感じることができるようになってきました。誰のなにも否定することはないし…どんな体験もキラキラと輝いている…たとえ…弱く、汚いものであったとしても…。

ってよくわからん文章になっちゃった(^^♪ 昇級おめでと〜♪
ユニ
2006/12/12 22:58

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