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zoom RSS 誠実であること

<<   作成日時 : 2007/02/02 00:18   >>

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ただ、ただ、誠実であればいい。

誠実であるということは、自分の気持ちに対して誠実であるということと、

自分がすでに完全な存在であるということに対して誠実であるということ、

人がすでに完全な存在であるということに対して誠実であるということ、

すべてのタイミングは完璧であるという真実に対して誠実であるということ、


自分がなにを感じたいのか、ということに対して誠実であるということ、

自分が感じていることに対して、誠実であるということ。


その誠実さとは、神=創造主=愛=自分 に対して誠実であるということにつながり、

ひいては、宇宙=世界=世間=他人=自分 に対して誠実であるということであり、

不誠実とは…自分を低く見積もることであり、

すなわち、それは、神を低く見積もることである。

もし、罪というものがあるとするならば(ないけど)

それは、自分が罪深いと思う、ということ自体が、罪深い。

それは、神を罪深いと思うことと同義だから。

存在している、ということは、そのことだけで、存在することを許されている、ということなのだから。


誠実に、大胆に、一生懸命、生きよう(*^_^*)

自分の人生が、神=愛=Iのあらわれであるということを心に留めて。

心を開いて、愛が現われるのを恐れないで、神が現われるのを恐れないで、

だって、あなたが、すべてなんですよ?!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは♪
最近神道に関する本を読んだとき、「一は多、多は一」や「人はみな神の子である」という概念があることを知りました。それと似てますね。
自分を低く見積もることには、否定してしまうことと傲慢になってしまうことの両方がありますね。その振り幅の中央に位置し続けるのが、シンプルなようでなかなか難しいでっす。。。(汗)
aopu
URL
2007/02/02 07:28
なるほど♪ 神道でも「一は多、多は一」とかいったりするんですね(^^♪ 「全は一、一は全」と同じだ。

うん。そうですね。ふり幅の中央っての、なんか、すごく納得できます。中道とか中庸とかいう言葉があるけど、よくできた言葉ですねぇ。結局は、波で、その波をうまく乗るか、高周波の波で、乗り切るか…。うーん(^−^)
ユニ
2007/02/02 22:23

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