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zoom RSS 波〜〜〜疲れ果てるまで抗うのも手か…

<<   作成日時 : 2007/03/06 23:06   >>

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強烈な波に飲み込まれることになります…ハートがオープンになっていくと。

つまり…

どんどん、あるがままの自分、で生きるようになってくると…

 常識と自分とのギャップに苦しむことになります。

<解説1>
  常識…集合したエゴが作り出した、恐怖と不安、分離に基づいた価値観 
  自分…恐怖と不安の反対、愛に基づく。分離の反対、結合・統一へと向かおうとする本質を備える。


人間は、3つの乗り物でできていて…それは、魂・意識(心)・身体です(下の解説2を参照してね)。

この3つの乗り物の、方向が、全部揃った時、初めて、「自分のあるがままで生きる」ことができるようになります。なぜなら、それが、本来の自分であるからです。


ところが、「あるがままに生きる」は、「常識」や「思い込み」「負の連鎖」に蝕まれた我々にとっては難題です。

なぜなら、エゴには自己保存する習性があり、あるがままに生きる=自分に素直に生きる=変化を受け入れる、という生き方をされると、エゴは消滅の危機に陥ります。

また、集合したエゴである「常識」も、自らの消滅の可能性に対して全力で抵抗します。過去のエゴの集積である「親から子へと続く負の連鎖」も同じです。

みんな自分が死にたくないと思うように、エゴも死にたくないと思うのです。

しかも、我々は、エゴ=自分と思っているため、頭は全力で、あるがままの自分で生きることを否定しようとします。

つまり、不安や恐怖を感じたり、無力感や喪失感、虚無感や、劣等感、罪悪感などを感じるわけです。


ただ、ハートは一度オープンになりはじめると最早とまることはありません。

なぜなら、瞬間的にですが、最上の喜びを思い出してしまうからです。

ただ、その直後に、エゴの抵抗にあいます。

歓喜と絶望。 絶頂と絶不調。 愛と恐怖。 完全性と不完全性。


人生に、激しい波がたちはじめます。

魂や身体は、愛を求め、エゴ(意識・頭)は恐怖や不安を覚える。


でも、自分はしょせん自分です。あるがままであるしか、ありません。

エゴの抵抗、あるがまま、エゴの抵抗、あるがまま…

という状態を繰り返していきます。

ただ、その間にもハートはどんどんとオープンになっていきます。

どんどんと感覚も研ぎ澄まされていき、肉体も雄弁に語りだし、

魂は歓喜の歌を奏で始めます。

同時にエゴも全力をもって、ハートをクローズドしようとします。


これは、ハートがオープンになるときに、通らねばならないプロセス。通過儀礼です。

つらく、苦しく、悲しく、しんどく、そりゃもう大変な状態に陥るかもしれません。

ただ、最大のピンチは最大のチャンスであるということを正しく認識し、

プレゼントをピンチとして受け取るか、チャンスとして受け取るかは、自分次第です。


しかも、今は、地球自体がどんどんオープンになっていっているので、

ハートをクローズすることは段々と難しくなってきています。


ただ、波は波でしかないため。

自分を信じて、自分と他者の完全性を信じて、愛のある選択をし続ければいいのです。

それも難しければ…「これは波なんだ〜」「もーだめ」「おまかせします…」と

すべてを受け入れてしまってもいいです。

また、頭があれこれ、考えてとまらないときは、頭の気がすむまで、考えさせてあげるといいです。

結局、皆、「今ここ」にしか生きていないので、未来や過去のことをどれほど考えようと、今にしか生きれません。

なので、そのうち、頭が考えることに疲れてきます。エゴも抗うことに疲れてきます。

最終的には、オープンハートになっていきます。しかも、今は、それが加速しています。

母なる地球が、オープンハートになろうとしている今、子どもがハートをクローズドすることはそもそもできないんです。

それが、祭りです♪ みんなすべてを曝け出して、自分のあるがままと、人のあるがままを受け入れ、自分を素直に語り、自分自身に生きる。そして、それが波となり、うねりとなり、祭りは加速していく。地球の波と、自分の波と、人の波とが、混じり合い、クライマックスへと向かっていく。

シフト(変容)は何年も前に始まっています。そして、これからは、それがいよいよ顕著になっていきます。





<解説2>
このうち、魂は、すべてを知っています。生まれる前から、死んだ後まで、過去から未来まで知っています。魂は非時間の領域にあり、時間というのは、我々がこの世界を「体験」するために、必要なシステムだからです。

身体は、細胞の集合で、個々の細胞は、それぞれに役割を持っていて、また、そのことに忠実です。そして、一つ一つの細胞に意識があります。

意識(心)は、ほとんど眠っており、普段は、頭がぐるぐると考え、動き、「自分」というものを認識しています。ところが、ここでいう「自分」とは頭がつくりだした幻想で、過去からの積み重ねや、思い込みに、よって、自分という像をイメージしています。

が、実際には、「自分」というものは、その状態をさすのではなく、魂のすすみたい方向と身体のすすみたい方向と意識のすすみたい方向が一致したときに、はじめて現れます。

頭が「これが自分である」と規定しているものは、多くの場合、「常識」や「思い込み」「負の連鎖」によって蝕まれた「不完全な存在」「罪深い存在」としての「自分」であり、本来の自分とは、反対の像を描いている場合が大半です。


ただ、意識(心)は、感情を司り、現実を創造する有機コンピュータでもあるため、「自分」が「自分である」と規定したとおりの現実を自分の周囲に創造してしまいます。

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