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zoom RSS 僕らのガーディアンが死ぬ

<<   作成日時 : 2009/07/21 11:17   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 8

目の前で、生から死へと移って行く人を見たのはこれで何度目だろう。

今回は、その変遷があまりにも短かったから(まだ生きてるが)、少し衝撃的だ。

一昨日まではとても元気で、昨日調子を崩したなと思っていたら、

1時間のうちにみるみる、変わっていった。


だが、彼は流石にガーディアンであっただけに、その気配りは完璧で、

あまりにも見事。


僕の方は、数年前に彼が、お茶をよく飲む必要があるようになってから、彼のことが気になりだし、

殊にここ最近は、何故か彼に優しくしなければ、という思いがとても強くなり

何度かドライブにも誘ったりした。


そして、僕の中の何かが直感していた事態が、彼によって完璧なタイミングで行われた。

僕は、ほぼ1時間の間、彼と共に過ごし、彼の自立呼吸の恐らく最後と思われる
息を大きく吐き出した音を聞いた。



<挨拶>
 ・彼と一番縁の深い人がその夜のメインだった。
 ・少し前にも弟が来たのに、また突然弟がやってきた(2、3日前)。
 ・最後の1時間が始まることを彼自ら報せにきた。

<配慮>
 ・最も周囲に負担が少ない日時。
 ・最も落ち着いて対応できる時間帯。
 ・途中の段階で、受診する必要があると思われるような言動を一切見せない。
  (今回の場合、仮にどこかの段階で、受診したとしても、植物状態になったりする
   可能性は高い、そうなると、弟は倒れるだろう。やっぱりお兄さんなんだね。)


細かくあげていくと、あまりにも多岐にわたる為、大きなところだけをあげてみた。

その他にも彼の配慮といわんばかりのものが、随所に散見している。


もし、彼が、落ち着いて、最後の時を、ゆっくりと誰にも迷惑をかけずに、

静かに過ごしたいと欲したとしたら、その最後の1時間を何日何時に設定するかというと

ピンポイントで、昨日のあの時間が、満場一致で選ばれるだろう。


個人的には、役に立ったのかどうか全く分からないが、

彼と過ごした最後の1時間の間、何度か、その必要性と義務を感じ

ヒールの魔法を使う機会があった…彼が辛そうにした際、

血色が戻り、楽になったように見えた。最後の灯火だったのかもしれないが。


彼の痛みの軽減になんらかの貢献ができたのではないかという思いを

僕が持てるということ自体が、彼の僕に対する一流の配慮だったのだろう。


いつも、ありがとね。君には、助けてもらった記憶しかないよ。

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
私自身は何人見送ったかな。でも、いつもその立会人になることはなくて、遠くから報告を聞いて知るって感じ。人の生死に触れやすいのは、とてもありがたいことだね。日常の些細な不満がとても小さなことに思えるよね。目の前にいる人をより大事にしようと思えるとかさ。…のわりに態度変わらないけどさ(^_^;)許せ旦那子供衆
ribi
2009/07/27 12:24
確かにありがたいです。
こういう時には、人は瑣末事に対する思いを不満ではなく、大切に…と思いますが、すぐに元に戻るね(^^ゞ
大体そういうもんだし、それはそれでいいと思うよん。
ユニ
2009/07/27 12:24
はにかんだ笑顔を思い出しました。心から合掌。
マンタ
2009/07/29 17:04
別れるまでは色々あっても
別れると思い出すのは笑顔や楽しかった思い出ばかりですね。
誰と死別しても僕はそうです。
ユニ
2009/07/29 17:52
あの夜は、あなたと共に彼を看取る!〈見送る?〉ことができた貴重な経験でした。

先日、数名の職員と共に、この2、3年で亡くなられた利用者さんのお宅を順番にお邪魔させていただきました。お母さん方の深い愛情や思い出話に触れ、施設の「利用者の顔」だけでない「彼(女)」という一人の人間の「人生(生きた様)」を改めて感じることができた、ありがたい機会になりました。

天国でも母親と二人して、じっとしていられずに片付けや誰かさんの世話を焼いているのだろうな…と想像しながら、彼の「人生」の中の一部に関わらせてもらえたことを感謝したいと思います。
茶味夫
2009/09/03 00:20
ほんとうに。不思議な縁を感じたよ。いい経験だったなぁ。

そんなことがあったのねぇ。いい企画だね。自分は全然つながりがないから、あまり想像もしたことがなかったけど。なんだかんだで、「愛情」はあるんだろうね。

その発露がうんぬんってのはまぁおいといたとして、なにもかも「愛情」からの行為・行動なんだろうなぁと思うと…。

僕自身は最近、この僕の行為・思考は「愛情」を根底にしているのだろうか「心配・恐れ・不安」を根底にしているのだろうかってよく考えるよ。
ユニ
2009/09/08 01:44
あなたのいう「愛情」がどんなものを指すのかは分かりませんが、公私共に様々な場面で「許せない」「認められない」といまだに抗っている私に比べれば、アナタの方がはるかに、自他に対して「許し」「認める」ことができているでしょうから、「愛情」に溢れている方なのではと思いますが…。それが根底にあるのかは分かりませんが…。
茶味夫
2009/09/26 23:30
許せない、認められない、という思いというのも、愛情の変形だと思います。そういう意味で、そういった思いが強い、茶味夫さんこそ、愛情溢れる方だと思うけどね(*^_^*)

仕事に対してデッドゾーンにはまってる僕には耳が痛い話です(^^ゞ
ユニ
2009/10/06 22:45

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