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zoom RSS 死ぬということ  その2

<<   作成日時 : 2006/06/02 01:53   >>

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おめでとう! 当選しました!! っていうのが地球に人間として生まれたということになります。

それは何億もの精子のうちの1つが…って意味ではありません。

偶然の積み重ねで…なんてことでもありません。




ーーーー(ややこしいので飛ばしたくなると思います、後ろの方でまとめます)−−−−

そもそも、この極端な世界は、多くの存在の憧れの的のようで…これほどまで、不自由な世界は宇宙でも稀のように思われます。

この不自由さ加減が、どうもみんな(もちろん私たちも含む)、良くって(体験したくて)、ここに生まれることを望んだわけです。

実は、自分とは、自由自在で、あまりにも大きな存在である為、かえって「より進化したい」という思いが叶えられにくくなってしまいます。

幸せに気づくには、不幸を知らないと、気づきにくいようなもんです。

健康のありがたさに、気づくには、重い病気にかからないと分からない、ってなもんです。


そこで、一計を案じた自分は、自分の各要素を放射状に伸ばして、それぞれの先端部分を、人間(という自分)として、生活させることを願った。

そもそも本来の自分とは、時間の軸には縛られていないので、過去・現在・未来という瞬間瞬間の世界に生きているのではなく、それらがすべて積み重なった次元に存在しているので、放射状に伸ばした…っていうのも、さまざまな時間軸にその先端は伸びているわけです。

今、私は、私としてしか、私を認識できていませんが、大元の私もやっぱり私なわけで、それぞれの先端部分もやっぱり私なわけです。なので、死んだからといって、私が亡くなってしまうわけではなく、ただ、大元の私に帰るだけ…。私の経験も大元の私の経験も先端の私が他者として、認識している私の経験も、すべて、私は経験しているわけです。

この構造の規模は私にはまだ、よく分かりません。ひょっとすると連鎖しているようにも思います。

例: 太陽系 > 銀河 > 大銀河 というような感じ
   私 私 私 > 大元の私 > 大元の私 大元の私 大元の私 > さらに大元の私

ま、これはどうでもいいんですが…少し、面白い言い方をすると…

私は、遥かなる過去と現在と遥かなる未来に跨って、同時に複数存在しており、それぞれの私は、私レベルではお互いに認識することはできないけれども、実は根元では繋がっている。同時に複数存在しているというのも、先端部分からの視界であって、より高次な見方をすれば、複数存在はしておらず、同じ元である。ただ、この構造すら、この先端の私が想像できるのはごくごくごく一部であって、より先の拡がった部分はよくわからない。ただ、自分の身体の構造を調べることによって、なんらかの法則性は見つかるような気もする…。

ーーーーややこしくてごめんなさいね(^^)ーーーー


って、ごめんなさい。今の私のテーマなので、難解な書き方になってしまいました。

気を取り直して、話をすすめると…


今、現在、地球に人間として生きている自分としては、この今の命の貴重性には気づきにくいけれども、実際は、ものすご〜く、ラッキーで、ツイてる状態である。ってことを生死の枠を超えたところでは、はっきりと自覚しています。

で、折角、こんな素晴らしい体験ができるチャンスが与えられたのに(この世界で生きるということ)、「死」という状態が、「かなり自由な状態である」ってことを知っていたり、すると…或いは、「嫌なこと・恐ろしいではない」ってことを知っていたりすると…みんな死んじゃうわけです。

この素晴らしい世界を十分に体験する前に…なんてったって、この地球での生活は「苦しみ」がベースとなっているといわれるほど、しんどいわけですから。

でも、この「しんどい」ってのが「良くって」わざわざ、自分の意志で生まれてきたわけなんです。

ただ、そのことを覚えていない(記憶を亡くしている)ので、「しんどい」体験を「そのまま、しんどい」と受け取ってしまいます。

実際には、「しんどい」ことなんてないんですけど、そう錯覚するように巧妙にこの世界は作られているのです(さらに大元以降の自分の手によって)。

それが「経験」というわけです。

その「経験」こそが貴重なわけです。そして、「しんどい」わけではないけど「しんどい」と思わざるような得ない状況に陥っても、なおかつ「しんどい」と思わないでいられる。すなわち「幸せ」で居続けるために生きているわけです。

もうこの瞬間から、常に幸せで生きることはできるのですが…ほんとうは…

要するに、あらゆる事態に対して、「幸せだなぁ」と思えばいいだけのことですから…。

できますか? できるならやってみてください。それで永遠に幸せです。


で、まぁ、こういうカラクリをはっきりと記憶を持ったまま、生まれてきてしまうと…なんにもならないわけです。要するに「完全に大丈夫と分かっている状態で、大丈夫と思うことは容易いことで、つまんない」わけです。

勝つと分かっているゲームに勝ち続けても面白くない。ってことです。

だから、自らの手によって、記憶を封印するわけです。

この世界が、恐ろしく、苦しく、つらく、悲しいところであるように思えるように。

そして、この世界で生きるよりも、更に、恐ろしく、苦しく、つらく、悲しいものが「死」だと思えるように、仕向けるわけです。

でないと、ゲームにならないからです。


大元の私は、ゲームを楽しみたいんです。

ゲームを楽しむためには、プレイヤー(今、現在の私)は真剣に、ゲームをしなければなりません。

そして、命がけでゲームをする私も、ゲームをする私もどちらも私です。


この世界での生活。

すなわち人生。

つまりはゲームを。

楽しむか、楽しまないかは、自分自身の選択です。

どう思って生きるかは完全に自由です。(自分の中の思いのこと)

自分以外の周囲の出来事は、「本質的な意味」はありません。

つまり、「よい出来事」や「わるい出来事」というのは存在しません。

「ただ起こっただけ」というのが「出来事」「現象」であり、

それに「どういう意味を付け加えるか」は「自分の選択」「自分の自由」です。


そして、この生命の構造上、過去の出来事はカンタンに変えることができます。

過去の事実は、ただ起こっただけのことで、その起こったことを「どう判断したか」

というのが、その時の思い出で、過去だと思っているものです。

なので、過去は、自由自在に「どういう思い出とするか」は自分自身で決定する

ことができます。過去の事実を変えろっていっているわけではないのです。

過去の事実を「どう捉えるか」ということは、自分自身でカンタンに、今すぐにでも

自由自在に変更可能なわけです。


このやり方は、現在についても、未来についても、言えます。

時間軸の中に生きている私たちは、未来はある程度までしか見えませんが、

たとえどんな未来がやってきたとしても、「出来事に対して、自分は幸せだ」と

いえると思っている人は、ずっと幸せに生きていけます。

あるいは、そう思っていなくても、最終的には「幸せ」だと思うことを選択することが

できる人もまた、幸せです。


錬金術はその後の話です。心が自由にならない状態で、物質を自由にすることは難しいと思われます。

奇跡は、知性によって引き起こされると思われます。

知性には、経験と感覚と、記憶と…ん〜ちょっとまだわかんないけど、そういうものが含まれます。


自分の人生を自由自在に生きるのも、そうしないのも、すべて自分の自由です(^^♪


あれれ、死の話から…思い切り脱線しちゃいました(^^ゞ

でも、死を突き詰めると、生に立ち返りますから…と言ってみたり(^^ゞ


<<まとめ>>


人生はゲームである。プレイヤーは自分。ゲームの舞台を設定したのも自分。

ゲームを楽しむためには、万能であっては楽しめない。

本来の自分は万能。

なので、自分自身の手によって、制限を加え、記憶を一時的に封印した。

そして、安易にゲームオーバーにならないように、生きるよりも死ぬほうがつらい、

怖いという感覚を自らに加えた。

本来の万能な自分の視点からすると、このゲームは、なかなかプレイできない、

ものすごくラッキーなチャンスゲームだから、「もったいないから」なるたけ楽しめるようにした。

なので、今、生きているのは自分の意志。

死が怖く感じるのも自分の意志。

すべては自分の意志。

ゲームを楽しみますか? 恐れますか? 苦しがりますか? どんなプレイもOKです。

どんなプレイも自由自在にできます。

もし、幸せを目的とするなら、すべての出来事に対して「幸せだ」と思うことを選択し続けるゲームをすればいいだけのことです(^^♪

因みに、そこに生まれる感覚は、「感謝」です。

つまりは、ありがとう。


ありがとう…がキーワードになってきますよ?

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
む・むずかしいけれど…(^_^;) ここに産まれたことは、「おめでとう、当選しました〜!」なのね。めでたい!なのね。良かった。苦修行なのかと思ったわ。
キョン
2006/06/02 17:51
どーもそうみたいですねぇ〜(^^♪ なかなかそうは思えないところがミソなんですけどね(^^)

我ながらニクい心遣いですねぇ〜(^^♪ でもまぁ、バレちゃったら元も子もないですからね(^^) 

実際のところ、ほんと羨望の的みたいなもののようですね。これは私にはよく分からない感覚だけど(地球人なので)、どうもそうみたいです。地球はかなり特異な場所みたいですね(^^) 確かにここまで制限の多い場所ってのはなかなかないような…そんな感覚はしますね♪
ユニ
2006/06/02 19:59

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