彼らとオートバイ飛行技術 R

アクセスカウンタ

zoom RSS 善と悪の戦い

<<   作成日時 : 2006/09/29 02:35   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

もうそろそろ終止符をうちましょう(^^♪


善も悪も大していいものではありません。より厳密にいうと、善の方が若干分が悪いかもしれません。

なぜか…善はよく「悪を否定したがる」からです。

悪は、善よりは、「善を否定しません」。自分が悪だと自覚しているからです。


そして…実際には、善も悪も同じ穴のムジナです。


なぜなら、善も悪も存在していることには変わりなく、存在しているということは、つまり、存在することを許されている、からです。

悪が存在を許されないものとしたら、創造主はそもそも悪を作る必要はなかったわけです。

では、なぜ、悪が存在しているのでしょうか?

それは、善と悪は、兄弟だからです。お互いが、お互いを支えあっている関係なのです。光が光として存在するには、影が必要。影は、光が必要。そんな感じです。

今の我々は、二極性の世界(お互いがお互いを必要としている、分離の極み)なので、すべての存在は裏と表(+とー)があり、それによってバランスして存在しているわけです。


では、善でもない、悪でもない、といったら、どうなるのでしょうか?

それは、愛です。

善も悪も認め、それを統合した概念が、愛なわけです。


この世界のゲームは、分離した二つの極性(+とー、善と悪、陰と陽)を、一つに統合(ユニティ)するゲームです。

統合というからには、どちらも「否定しない」ということになります。


よく善を目指す人が陥りがちな罠が、「悪の否定」です。

ただ、これは初歩の問題で…しばらくすると、悪を否定するということは、物事の本質から目を逸らしているだけ、ということに気がつきます。

そして、より深い罠に陥ります。

「善の否定」です。より進歩すると、悪の否定はしなくなりますが、今度は善を否定し始めます。なぜなら、初歩の段階を通り過ぎた為、「なにも考えずに悪を否定する善なるおバカさん(しかもそんなおバカさんな自分が、とても賢いと思っている)」を見ると、昔の自分を見ているようで、無性に許せなくなるわけです。

(因みに、「なにも考えずに悪を満喫しているもの」なんてはなから相手にもしていないので、気にならない(因みに悪とは、「被害者」も含まれます。自分を悲劇の主人公にする、なんてのは初歩的な悪です(^^♪ ))

※因みに僕が、こんな書き方をしているのは、僕の段階が多分、「善の否定」段階の途上であるからだと思います。


より高次な存在となると、「善も悪も否定しません」、「おバカさんがえばっているのをみても」それすら、愛しちゃいます。

仕組みがほんとうに分かってくるので、「悲劇的な人」なんかを見ても、かわいそうなんてことは全く思いません。

どうしてかというと、すべては「無限で永遠な存在」であるということを知っているので、ただ単に「ゲームを楽しんでいるだけ」という見方がほんとうにできるようになるからです。

だから、求められればアドバイスはするけれども、基本的には不干渉で、ただ大いなる愛をもって見守る…。という状態になってくると思います。

その途上の段階で、未発達な存在を援助・協力することによって(過度な干渉はしない)、導くということをすると思います(教師役になるわけです。もちろんこの場合も、教師であると同時に未発達な存在に、教えられるという生徒役も同時にこなすわけです。援助・協力することを楽しみかつ、自分も様々なことを学ぶわけです)。


うーん…こういう視点に立つと…すべてのことが問題じゃなくなってくるんだよね…

でも…実際にはどうなんだろう…? まぁ、問題ないっていえば問題ないんだけど…

でも…やっぱり…なるべく多くの人が助かってほしい…っていうか…

なんていうか、幸せになってほしい…っていうか…気づいてほしい…っていうか…

そういう思いは尽きることがない…。


なにせ、今は、特異点だから…こんなに、素晴らしい、この時を…楽しまないなんて話はないし…

やはり…できることならば…皆の苦しみは少ないほうがいいと思う。たとえ、その苦しみがゲームであり、虚妄であるとしてもね…。


善と悪を超えたところにある、善…っていうとややこしいから、それはやっぱり愛だね。


アイアムアイ…アイ=アイ…。

I(私)=愛(構成要素)

愛=存在(構成要素)

宇宙=愛

宇宙=I(私)

I=存在


この世は、愛でできているね…。僕もあなたも愛でできている。時間も空間も愛でできている。

愛とはすべてで、ただ、そこにあるもの。それはリズム。

無限のリズムのバリエーションこそが、宇宙。存在。個性。私。


加害者や被害者である必要はない

傍観者でいる必要もない

自分を縛っているものを解き放とう

カルマの法則も、ほんとうは必要ない (必要な人は好きだけどうぞ)

 ※カルマの法則 = 原因と結果の法則、出したものはかえってくる法則


足ることを知り、気づいていけばいい。

必要なのは楽しむこと、愛すること。愛されることを許すこと。楽しむことを許すこと。


どうもありがとう♪

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
今まで矛盾を理解できないでいた私にこの記事で一筋の光が!なんだか矛盾だって思ってたことが矛盾じゃなかったんだ!ってわかったような気がしています。謎がとけていくような気がしています。
キョン
2006/09/29 18:34
上のように言っていただいて、僕もとても嬉しいです。

大人になると…いつの間にやら、愛することよりも、愛されることのほうが難しくなったり…楽しんでもらうことよりも、楽しむことが難しくなったり…人間って面白いですね(^^♪

贈り物をもらって、「わあ、嬉しい。ありがとう♪」ってなかなか言えなかったり、誉めてもらったのに、「いえいえ、私なんてそんな…」って言っちゃったり(^^♪
ユニ
2006/09/29 22:14

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
善と悪の戦い 彼らとオートバイ飛行技術 R/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる