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zoom RSS 五日目 もういい加減、正義はやめにしようよ

<<   作成日時 : 2006/12/13 02:55   >>

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みんな、良いところで、つまづくんだよね。


最近の人は、優しい人が多くって、素晴らしいんだけど。

優しさのあまり、「正義の使者」に堕落してしまう人も多いんだよね。


これが、最後の「罠」なんだよね。

「正義の使者」にだけはなっちゃいけないんだ。


つまり、どういうことかっていうとね。

自分が善人で、良い人だもんだから(ある程度ね)、

「悪」と思うものが許せなくなるんだよね。


環境破壊する人が許せない。動物虐待する人が許せない。

タバコをポイ捨てする人が許せない。人の悪口を言う人が許せない。


ってね。

でもね、許せないって言っちゃった瞬間に、あなたは、正義の使者に「堕落」しちゃうんだよ。

どうしてかっていうと、「悪」と思しきものを「否定」してしまったから。

否定ってのはね。「消去」ってことで、「殺人」と同じなんだよ。

悪だから、「殺してもいい」。害虫だから、「殺してもいい」

ばい菌だから「殺してもいい」。

ほんとに?


それって、「戦争」をやってる人と、言ってること「同じだよ」。

みんな、自分たちの「正義」を主張し合って、「戦い」を始めるんだよ。

もう、いい加減、気づこうよ。


みんな、戦争はよくない、殺人はだめ、そこまで分かってる。

素晴らしい!  でもね、正義の使者になったら、同じなんだよね。

自分の実生活、身の回りのことで、そのことが、「しっかりと分からなきゃ」なんにもならないんだよ。

だって、やってることは同じだからね。


たとえば、「薬」、人を生かすために、

どれだけの、動物が実験に使われて、殺されるんだい?


人間より、少し上のランクの「宇宙人」を生かす薬をつくるために、

人間を実験に使って、殺されてもいいのかい?


同じことでしょ?


許せない、ってのは、そういうことなんだよね。


だから、間違っても「正義」にだけはなっちゃいけないんだ。まぁ、なったっていんだけどね。でも、そろそろ気づかないと、地球での正義ごっこはゲームオーバーになる。まぁ、なったっていんだけどね。でも、どーせなら、このまたとない機会に、ゲームをクリアーしないかいってことなんだけどね(^^♪


親鸞っていう人が、こんなことを言った。

「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」

現代語訳すると…「善人ですら、極楽にいけるんだから、悪人がいけないわけねーだろ」ってことなんだけど。

彼がなにを思っていったのかは分からないけど。僕はこう解釈してる。


悪人はね。自分が「悪いことしてるん」だっていう自覚がある程度あるから、少なくとも「正義」にはならないんだよね。

善人はね。自分が「善」いことしてる、少なくとも自分はそんなに「悪くない」と思ってるから、かんたんに「正義」になっちゃって、悪と思われるものを「否定」しちゃうんだよね。


戦争は、悪から始まったんではなくって、愛国心とか正義とかから始まってるんだよね。



だから、自分の中に「悪」っぽいものがあったからといって、それを「否定」しちゃうと…しんどくなる。

だって、あるものを、ないっていうことはできないからね。

あるものをない、って無理やり蓋をして、隠そうとすると「腐っちゃう」んだよね。

腐ると、臭いにおいがして、ドロドロと他のものも腐さらせていくんだよね。


必要なことは、まず、自分の中には、「善」っぽいものも、「悪」っぽいものも、「両方ある」って認めることなんだよね。


彼ら(知的障害者)が光で鏡で、師匠であるっていうのは…つまり、彼らと付き合うと、自分の中の「悪」とか「汚いもの」とか「ドロドロ」したものってのが、よく「出てきてくれる」んだよね。


新人の、天使のように優しい子が、1年、2年と働くうちに、だんだん、キツ〜イ感じになって、イライラし始めたり、病気になったり、するんだよね。

でも、僕は「それでいいんだよ、おめでとう」って言う。

だって、新人の子が、天使でいれたのは、それまでの生活の中で、そこまでの負荷がかからなかったって、ただそれだけのことだからね。

良い見方をすれば、それまでの生活で、かなりの負荷に対して、顔晴って、顔晴って、一生懸命生きてきたから、「彼らと出会う」という、プレゼントをもらい(より以上の負荷がかかり)、

彼らの導きによって、「悪」「灰汁」が出てきた、っていうことになる。


で、そこで、大切なのは「私は善い人なんだ」って「我を張らない」ってことなんだよね。つまり「頑張らない」。

僕らは、善でもあり、悪でもあり、その二つのバランスがとれていることがいいことなんだよ。


で、その二つのバランスをとって、善と悪の「円(○)」をどんどん大きくしていって、希釈していけばいい。

そして、いつしか「善も悪もなかった」ってことに気づけばいい。ただ、それだけのことなんだよね。


善でも悪でもなく、自分は、ただ、光、ただ、愛、であったということに気づく。

私 = 愛 = I であったってことにね。T am I(愛)だってね。


善は凸で、悪は凹。 本来は、○(円)であるだけなのに、

出っ張ったり、へっこんだり、

その二つをバランスをとって、平らに、まあるく、ならしていけばいい。

そういう作業をする時代がきてるんだよ。


だから、もう悪を否定しなくてもいいんだよ。正義の使者になって、頑張らなくたっていいんだよ。


誰も、罪は背負っていないんだ。

ただ、罪を背負っているという幻を背負っているだけなんだ。


そのことに気づいていこう。

さあ、この大いなる、素晴らしい祭りに参加しよう(^^♪

せっかく、今、生きてるんだから、今を楽しまない手はないよね!

しかも、今は、最大の祭りが行われているんだよ。

祭りは見るもんじゃなくて、参加して、踊って、楽しむものだよ。

もう楔は抜けているんだよ。磔にされていると思っているのは幻なんだ。

ただ、気づけばいい。そして、意思を表明するんだ。


どうも、ありがとう(^^♪

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
判っているんですけどね、一歩進んで、二歩下がるって感じです。笑
それでも知らないより、自覚している方がまだましか、と。
yuu
2006/12/24 07:45
ここにもコメントありがとうございます(^^♪
知っているってことは、素晴らしいことだと思います。知らなきゃ、始まりませんからね。
そして「知った」ということは「準備ができた」ということですから、あとはまぁ楽しんでやって(選択してい)けばいいんじゃないかと(^^♪ 
ユニ
2006/12/24 10:38

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